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月の悪習



 古代シュメールの昔から天文学者たちを悩ませ続けてきた謎のひとつこそ、月の白銀の面にうつるまことの像である。青ざめた円盤の微妙な影に魔術師たちはさまざまな形象を思い浮かべたが、それらはおのおのにしかわからない弱々しいイメージでしかなかった。この問題は占星術と天文学、それに政治や人々の意思疎通においてさえ多大な障害を与え、さまざまな戦争を古代世界にもたらした。
 そこで、ある一人の天才的な魔術師がしかるべき同志を呼び集め、この混乱状態を収拾するために秘密の会議を結成した。彼は世界から人々の抱く月のイメージのすべてを集め、そのいちいちを記憶した。なぜなら魔術師というものは記憶の達人であり、この複雑な世界を原理からではなくその個々の物体から理解することだったからだ。
 女の横顔、月に棲む兎、蟹などさまざまなイメージを手中にした彼らは、当初世界中に一つのイメージをだけ広めようと努力した。しかし満ちては欠ける月に人々が同じイメージを抱き続けられるわけでもなく、また月は二度と同じ顔を人間たちに向けることもなかったためにこの試みは挫折した。彼らは熟考した。ふたたび月の面の影について、無秩序に支配させるわけにはいかなかったからである。
 そこで、魔術師たちは偶然と一時的に手を組んだ。双方相手を信用していなかったが、利益がそれに先行した。
 多種多様の、しかし限りある魔術師たちの管理と検閲の通ったイメージたちが、世界の中に行き渡った。人々はこれらの中から偶然に、あるいは恣意的に選び取り、月のなかにそれらを見た。しかし人々の中から新しいイメージが現れることは決してなくなった。その前に会議の手の者が人々の耳に固定化されたイメージを囁いたからだ。人は常に自分のなかにある出来かけのイメージよりも、時へて強力になったものを選ぶからだ。彼らは成功した。
 しかし、反乱があったわけではない。ルネサンスごろ、モラヴィアであるとき一つの、今ではもう抹消されたイメージを選んでいた者たちがいっせいに新しいイメージを創造しはじめたことがある。反乱のきっかけになったイメージには何の変哲もなかったが、その日の月には少しばかり不似合いだった。
 会議は事態を重く見て、さっそく対処に当たった。歴史の闇に葬り去られた小競り合いの後、会議のより妥当なイメージの、徹底的な宣伝によって反乱は収まった。ほとんどの当事者でさえこの反乱について気付くことはなかった。ひとにぎりの者たちが不安をほのめかしたに過ぎない。だが会議は不似合いなイメージ、時代遅れになったイメージを抹消し、人々への監視を強めた。イメージの平和は確からしさの中で保たれた。
 それから会議がどうなったのか、知る者はいない。ある者は平和が訪れたと知って解散したというが、いまだに存在し続けているという説もある。また会議など初めから無かったのだという人々さえいるのだ。
 しかし、人類が月に到達したことによって会議の性質が変化したことだけは明らかだ。月が冷たい岩、クレーターだらけの塊だと人々は知り、それによって月の面の影のイメージはそれ自体忘れられた。
 では会議はどうしたのかと言えば、興味深い説がある。会議はその支配の対象を、アポロ11号の帰還とともに月から地球へと移した。そして現代の人間が最も興味を抱くもの、すなわち都市のイメージを手中にしたのだという。
 だからこそ、都市はいまやそこに住むものには唯一命をかけるに相応しいものであるとともに、そこから弾かれたものにはなんとしてでも破壊するべき対象であるのだ。まことこの二つのイメージに人々が心を奪われ続けるかぎり、会議は安泰であろう。しかし、もはや会議は諍いをなくすために存在しているのではなく、みずからの支配を守るためには人類を自滅させるように仕向けることも辞さない。それは現代のさまざまな社会現象を見れば誰でもわかるだろう。

(終わり)

 フィアシャーンさんのブログにて111番を取ったので「月の兎」をテーマの小説をリクエストして、いただいたものです。
 この題材をどう料理するだろうという好奇心があってのことだったのですが(その当時月って幻想の宝庫だなぁと思っていたのもあり)、見事に「らしい」仕上がりで、都市の話にも繋がっていて唸らされました。

そんなフィアシャーンさんのブログはこちら→ノーストリリアの羊雲

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